原価は、法令ではなく商売で痛い
これまでの記事では個人情報や契約上の義務を扱ってきましたが、原価は性質が違います。
自社の情報なので、入力しても法令違反にはなりません。報告義務も生じません。誰にも怒られない。
それでも入れてはいけない理由は、商売で損をするからです。そしてこちらのほうが、実際には会社の損害が大きいことがあります。
何が原価情報にあたるか
「原価表を貼らなければいい」と思いがちですが、断片からも読めます。
| 入力しがちなもの | そこから読めること |
|---|---|
| 見積書のPDF | 項目の立て方、諸経費の率、値引きの幅 |
| 実行予算書 | 想定利益、下請への支払単価 |
| 仕入先からの請求書 | 仕入単価、取引先の構成 |
| 「この単価は妥当か」という質問 | 自社の仕入値そのもの |
| 歩掛り・標準工数の表 | 生産性と原価構造 |
| 値引き可否の相談 | 利益率の目安 |
4行目が盲点です。「鋼材をキロ180円で仕入れているが高くないか」と聞いた時点で、仕入単価を出しています。質問の形をしていても、情報の提供です。
社内で見える範囲も変わる
社内チャットボットに見積や原価の資料を読み込ませると、権限の設計次第で全社員が見られる状態になります。
営業担当が他部署の原価を見られる。パート社員が利益率を知る。悪意がなくても、知った人が増えるほど外に出る確率は上がります。
この設計の話は社内AIチャットボットの権限設計の記事に詳しく書きました。
数字を出さずに相談する
実務で使える形は、比率と構造だけを渡す方法です。
そのまま聞く場合
鋼材 1,850,000円、加工外注 920,000円、社内工数 240時間、諸経費 15%、
見積総額 4,200,000円で提出予定です。妥当でしょうか
構造だけ聞く場合
金属加工の受注案件で見積を作っています。
構成は、材料費が全体の約45%、外注加工が約22%、社内工数が約18%、諸経費15%。
この構成比で、見落としがちな原価項目はありますか。
また、諸経費の中に入れておくべき項目を挙げてください
後者のほうが、むしろ実用的な答えが返ってきます。金額を見せても、AIは相場を知りません。構成比の抜けを指摘してもらうほうが価値があります。
金額を全体に対する%に直す。これだけで、原価情報ではなくなります。手間は数分で、相談の質は落ちません。
AIに単価の相場を聞かない
もうひとつ、精度の問題があります。
「この地域の〇〇工事の相場は」と聞くと、AIは数字を答えます。もっともらしい数字が出ます。
ただ、その数字の根拠は不明です。何年前の、どの地域の、どういう条件のものか分かりません。鋼材価格も人件費も、ここ数年で大きく動いています。
この数字を根拠に見積を出すと、安すぎて赤字になるか、高すぎて失注します。
相場は、業界団体の公表資料、取引先からの情報、自社の過去実績で確認してください。AIに聞く対象ではありません。
見積作成で実際に効くこと
金額を入れなくても、見積業務は楽になります。
- 見積項目の抜け漏れチェック(構成比だけ渡す)
- 見積書の説明文・前提条件の書き方を整える
- 顧客への提案理由の文章化
- 失注時の振り返りの整理(金額は伏せる)
- 見積書のテンプレート自体の改善
2番が効きます。前提条件や除外事項の書き方が曖昧だと、後から追加費用で揉めます。文章を整えるだけで、トラブルが減ります。
ルールに1行
見積・原価について
見積書、実行予算書、仕入先からの請求書を、ファイル・本文を問わずAIに入力しないでください。
単価や金額を質問文の中に書かないでください。
相談したい場合は、金額を全体に対する比率に直して書いてください。
AIが答えた相場や単価を、見積の根拠に使わないでください。
ガイドラインのひな形に追記して使えます。製造業の図面の扱いはこちら、建設業はこちらに書きました。
気づかない損は、対策されない
個人情報が漏れれば、報告して、謝って、対策します。痛いけれど、改善につながります。
原価が漏れても、誰も気づきません。来期の利益率が少し下がるだけです。原因は分かりません。
だからこそ、先に決めておく価値があります。起きてから気づく仕組みがない領域は、手前で止めるしかない。