翻訳は、社内で一番使われているAI
海外取引のある会社で、生成AIの利用状況を調べると、だいたい翻訳が一位になります。
理由ははっきりしていて、英文メールを書く負担が大きいからです。辞書を引きながら30分かけて書いていたものが、3分で終わる。使わない理由がありません。
そして翻訳にかけている文面の中身は、たいてい単価と納期と契約条件です。社内で最も出したくない情報が、最も頻繁に外部に出ています。
無料の翻訳サービスの規約
無料で使えるオンライン翻訳の中には、入力したテキストをサービス改善に利用すると規約に明記しているものがあります。有料版では利用しない、と分けている場合も多い。
2015年には、無料翻訳サイト「I Love Translation」に入力された原文と訳文が、サイト上に残ったまま検索エンジンに拾われ、外部から閲覧できる状態になっていたことが指摘されました。読める状態になっていた文章には、中央省庁や金融機関、法律関係者のものとみられる内容が含まれていたと報じられています。
10年以上前の話です。それでも挙げるのは、構造が変わっていないからです。無料のサービスに業務の文面を入れる。入力が事業者側に残る。残った先の管理は利用者が選べない。この3段構えは今も同じです。
同じサービス名でも、無料版と有料版でデータの扱いが別に定められていることがあります。「あのサービスは安全」ではなく、「あのサービスの有料版は」で確認してください。
どの翻訳手段を使うか
| 手段 | 業務利用での位置づけ |
|---|---|
| 無料のオンライン翻訳 | 公開情報の下訳まで。取引条件は入れない |
| 翻訳サービスの法人向け有料プラン | データを保存しない旨が明記されていれば実用的 |
| ChatGPT等の法人プラン | 学習に使われない前提。文脈を渡せるので品質が高い |
| ブラウザのページ翻訳機能 | 社内システムの画面を翻訳すると、中身が送られる |
| 翻訳系のブラウザ拡張 | 開発元の確認が要る。全ページを読める権限を持つ |
下2つが盲点です。ブラウザの翻訳機能は、表示しているページの内容をサーバーに送って翻訳しています。社内の基幹システムの画面でこれを使うと、画面の中身が出ます。
拡張の見分け方は別の記事に書きました。
英文を書く場合と、読む場合を分ける
実務上、この2つは分けて考えると整理しやすい。
読む場合は、相手から届いた文面を訳します。中身は相手の情報です。自社の秘密保持義務の対象になっていることがあります。
書く場合は、自社が出す文面です。単価や条件を自分で書いているので、機密度は自分でコントロールできます。
書く場合には、こういう手があります。数字と社名を仮のものにして翻訳させ、訳文が返ってきてから本物に差し替える。
そのまま翻訳にかける場合
ABC Manufacturing 社の John Smith 様宛。
「型番 XJ-200 について、単価 $12.80、月産 5,000 個でのお見積りとなります。初回納期は12月15日です。」
仮の値にする場合
「型番 AAA について、単価 $XX.XX、月産 N 個でのお見積りとなります。初回納期は MM月DD日 です。」
→ 訳文を受け取ってから、XX.XX と N と日付を差し替える
手間は1分足らず。定型のメールなら、一度訳文のひな形を作れば使い回せます。
訳文をそのまま送らない
セキュリティとは別ですが、商談で損をしないために書いておきます。
AIの翻訳は流暢ですが、ニュアンスが強くなったり弱くなったりします。特に以下は注意してください。
- 断りの表現。日本語の婉曲な断りが、英訳で明確な拒否になることがある
- 条件付きの約束。「検討します」が「will」になって約束に読める
- 謝罪。日本語の社交的な「申し訳ありません」が、非を認める表現になる
- 数量・期日の単位。桁や単位が落ちることがある
3番はクレーム対応で実害が出ます。日本語では形式的な挨拶のつもりが、英文では責任を認めたと受け取られる。この話はクレーム対応の記事にも書きました。
できあがった英文を、別のセッションで日本語に訳し直してみてください。元の意図とずれていたら、そこが危ない箇所です。30秒でできて、かなり効きます。
社内ルールへの追記
翻訳について
取引条件(単価・数量・納期・支払条件)を含む文面は、会社が契約した翻訳サービスでのみ翻訳してください。
取引先から受領した文書を翻訳する場合も同様です。
社名と数字は仮の値に置き換え、訳文を受け取ってから差し替えてください。
ブラウザのページ翻訳機能を、社内システムの画面で使わないでください。
ガイドラインのひな形に足して使えます。
禁止すると、確実に隠れる
翻訳を禁止した会社を見たことがありますが、うまくいっていませんでした。
英文メールを書く負担が消えないからです。業務上の必要が残っている限り、禁止しても個人のスマホでやります。見えなくなるだけで、むしろ悪化します。
月額数千円の法人プランを契約するほうが、結果的に安い。ここは費用対効果がはっきりしている領域だと思います。