社内ルールは、委託先に届かない
社内の生成AI利用ルールを整備した会社でも、ここが抜けます。
ルールが拘束するのは従業員です。業務委託先、フリーランス、派遣、制作会社、システム開発のベンダー。これらは契約の相手方であって、社内規程の対象外です。
そして実務上、委託先のほうが機密に触れる量が多いことがあります。設計を外注すれば図面を渡します。システム開発を頼めば本番データに近いものを渡します。経理代行なら帳簿そのものです。
既存の秘密保持条項では足りない理由
「第三者に開示してはならない」という条項は、たいていの契約に入っています。これで足りるでしょうか。
理屈の上では、生成AIサービスの提供者は第三者に当たり得ます。だから既存条項でも違反にはなる。
ただ、実務上は弱い。理由は2つあります。
ひとつは、委託先が「AIに入れるのは開示にあたる」と認識していないこと。悪意なく入れます。禁止されていると思っていません。
もうひとつは、違反が判明しないこと。入れたかどうかを確認する手段が発注側にありません。事後に損害賠償を請求できても、情報は戻りません。
既存条項は「違反したときに責任を問える」ためのものです。「違反を起こさせない」ためには、名指しで書くほうが効きます。AIという言葉が契約書に出てくるだけで、相手の認識が変わります。
契約書に入れる条項の例
そのまま使える形で書きます。自社の契約書の体裁に合わせて調整してください。
第〇条(生成AIサービスの利用制限)
1. 乙は、本契約に基づき甲から開示された秘密情報を、生成AIサービス(対話型AI、文書要約、文字起こし、翻訳、画像生成その他名称を問わず、入力した情報が乙の管理外のサーバーで処理されるものをいう)に入力してはならない。
2. 前項にかかわらず、乙が業務の遂行上必要と認める場合は、事前に甲の書面による承諾を得たうえで、甲が指定する条件に従って利用できる。
3. 乙は、本条の内容を、本件業務に従事する乙の従業員および再委託先に周知し、遵守させる。
4. 乙は、秘密情報を生成AIサービスに入力したことが判明した場合、直ちに甲に通知し、甲の指示に従って必要な措置を講じる。
ポイントは2項です。全面禁止だけにすると、委託先は黙って使います。承諾を得れば使える道を残しておくと、相談が来ます。相談が来れば条件を付けられる。
3項の再委託先も忘れないでください。制作会社がフリーランスに再委託している、はよくあります。
この文案は一般的な整理です。既存契約との整合、再委託の構造、業種特有の規制によって必要な修正があります。使う前に弁護士の確認を受けてください。
契約を結び直せない相手にどうするか
長年の取引先と契約を巻き直すのは、現実には難しい。更新のタイミングまで何もしないのも困る。
間を取る方法があります。覚書か、業務指示書に1枚添える。
「本件業務における生成AIの取扱いについて」という1枚を作り、発注時に渡す。押印まで求めなくても、渡した記録があれば周知したことにはなります。相手の認識も変わります。
内容は3行で足ります。当社から受領した資料をAIに入力しないこと。必要があれば事前に相談すること。入れてしまったら連絡すること。
発注前に聞いておくこと
新規に委託先を選ぶなら、見積の段階で聞いておくと楽です。
- 業務に生成AIを使っていますか。使うならどのサービスですか
- そのサービスは法人契約ですか、個人アカウントですか
- 社内に利用ルールはありますか
- 従事する方への教育は実施していますか
「使っていません」という答えが返ってきたら、それはそれで確認が要ります。本当に使っていないのか、把握していないだけなのか。後者のほうが多い。
聞かれる側の立場については教育実施の示し方の記事に書きました。自社も委託を受ける側であることが多いはずなので、両面で読むと分かりやすいと思います。
使わせない、より、条件を決める
委託先に全面禁止を課すと、見積が上がるか、黙って使われるかのどちらかです。
生成AIで効率化した分だけ単価を下げている委託先もいます。禁止すればコストは発注側に返ってきます。
現実的なのは、情報を分けることです。渡す資料のうち、AIに入れてよいものと、絶対に入れてはいけないものを発注側が明示する。全部ダメと言うより、相手も動きやすい。
渡す時点でファイル名に印を付けておく、くらいの運用でも効きます。【AI入力不可】見積根拠.xlsx のように。見れば分かる状態にしておくのが、結局いちばん守られます。