狙われているのは情報ではなく、経路
「うちみたいな小さい会社の情報なんて、盗んでも価値がない」。これはだいたい事実です。従業員30人の部品加工会社が持っている情報そのものに、高値はつきません。
ただ、攻撃する側はそこを見ていません。見ているのは、その会社が誰とつながっているかです。
大手メーカーに部品を納めている。設計データをやりとりしている。発注システムに接続するIDを持っている。この状態だと、その会社は大手への入口になります。正面から入れない相手には、取引先から入る。これはずっと前からある手口です。
IPAが毎年出している「情報セキュリティ10大脅威」でも、サプライチェーンの弱点を悪用した攻撃は組織向けの上位に入り続けています。目新しい話ではありません。
生成AIが足したもの
構図は昔から変わっていません。変わったのは、情報が外に出る経路が一本増えたことです。
しかもこの経路は、従来の対策と相性が悪い。ファイアウォールは通信を止めません。業務で使う正規のサービスだからです。ウイルス対策ソフトも反応しません。マルウェアではないからです。USBメモリの使用禁止も効きません。ブラウザで完結します。
これまでの情報漏洩対策は「不正な持ち出しを止める」設計でした。生成AIへの入力は、本人が業務のために、正規の手順で、良かれと思ってやります。止める対象として想定されていません。
社員が取引先からもらった図面を「この寸法で加工できるか相談したい」とAIに貼る。悪意はゼロです。むしろ仕事熱心です。でも、その図面は取引先の資産で、秘密保持契約の対象です。
取引先から聞かれる側になる
ここ2年くらいで明確に増えたのが、発注元からの確認です。
取引開始時のチェックシートに、生成AIの利用に関する項目が入るようになりました。社内規程はあるか。従業員への教育は実施しているか。利用しているサービスは何か。
これは大手側の事情でもあります。自社が対策していても、部品を作っている会社から設計データが流出したら同じことです。だから取引先にも求める。求めた記録を残す必要もある。
「対策しています」と答えたいが、証明するものがない。規程はあるが配っただけで教育の記録がない。口頭で注意しているが、いつ誰に何を伝えたか残っていない。この状態だと、チェックシートの欄を埋められません。
実態として対策していることと、していると示せることは別です。後者がないと、取引の条件で不利になります。
小さい会社のほうが、実は動きやすい
悪い話ばかり書きましたが、規模が小さいことは不利とは限りません。
従業員30人なら、全員に同じ説明を一度でできます。1万人の会社では、部門ごとに事情が違って、合意形成だけで半年かかります。ルールを配って、質問を受けて、翌週には運用が始まる。この速さは中小企業の強みです。
実際、生成AIの社内ルールを一番早く整えているのは、大企業ではなく数十人規模の会社だったりします。社長が「来週からこれで」と決めれば終わるからです。
やることも、そんなに多くありません。
- 何に使われているかを把握する(シャドーAIの見つけ方)
- 入れてはいけないものを具体名で決めて配る(ひな形)
- 教育をやって、やった記録を残す
3番の「記録を残す」が、取引先に聞かれたときに効いてきます。
対策そのものより、説明できる状態
身も蓋もない言い方をすると、取引先が見ているのは対策の中身ではありません。確認したという記録が残せるかどうかです。
これを冷笑的に捉える必要はないと思っています。説明できる状態を作る過程で、実際に実態も整います。誰が何を受けたかを記録しようとすると、まず誰が生成AIを使っているかを把握する必要が出てきます。そこから芋づる式に進みます。
先に完璧な対策を作ってから記録を残そうとすると、永遠に始まりません。記録から入って、中身を後から足すほうが早い。順番の話です。