一般的な整理です。各士業法の解釈や個別案件の判断については、所属する会や顧問弁護士にご確認ください。
守秘義務は、便利さの例外を認めていない
税理士、社会保険労務士、行政書士、弁護士。いずれも法律に守秘義務の規定があり、違反には罰則があります。一般の会社の秘密保持契約とは重さが違います。
そして、守秘義務の条文に「業務効率化の目的なら可」とは書いていません。
顧問先の決算書をAIに読ませて分析させる。就業規則の相談メールを貼って回答案を作らせる。どちらも業務としては自然ですが、顧問先から見れば、自分の情報が知らないところに渡っています。
顧問先は「先生に話した」つもりです。「先生とAI事業者に話した」とは思っていません。ここの認識のずれが、後から問題になります。
何が顧問先の情報にあたるか
事務所の中で線を引くとき、迷いやすいものを挙げておきます。
| 入力しようとしているもの | 判断 |
|---|---|
| 決算書、試算表、総勘定元帳 | 顧問先の情報。入力しない |
| 給与計算のデータ、賃金台帳 | 顧問先かつ個人情報。入力しない |
| 顧問先から届いた相談メールの本文 | そのままは入力しない。固有名詞と数字を外せば可 |
| 就業規則のドラフト(顧問先名入り) | 社名を外せば一般的な条文の相談になる |
| 「中小企業の退職金規程の一般的な作り方」 | 顧問先の情報ではない。問題なし |
| 条文や通達の解釈を聞く | 問題なし。ただし回答の正確性は別途確認が要る |
表を見ると分かりますが、ほとんどは固有名詞と数字を外せば通る類の相談です。顧問先を特定できなくすれば、一般的な実務相談になります。
抽象化のやり方
実際の手順はこうなります。
そのまま貼る場合
株式会社〇〇建設の田中社長から相談です。従業員18名、年商3億2千万。
役員退職金を5,000万円計上したいとのことですが…
抽象化する場合
建設業、従業員20名弱、年商3億円規模の同族会社です。
役員退職慰労金を5,000万円計上する場合の、功績倍率法による相当性の検討ポイントを教えてください
下でも回答の質はまったく落ちません。むしろ論点が絞られて良くなります。
気をつけるのは、業種と規模と地域を全部書くと特定できてしまう場合です。地方で同業が少ない業種だと、「長崎県の造船関連、従業員15名」で絞り込めてしまう。そういうときは業種をもう一段ぼかします。
書いた文章を顧問先本人が読んだとして、「これ、うちの話ですよね」と言われるかどうか。言われそうなら、まだ具体的すぎます。
個人情報保護法の論点も重なる
顧問先の従業員の情報を扱う場面では、守秘義務に加えて個人情報保護法の話になります。
個人情報保護委員会は2023年6月の注意喚起で、個人データを含むプロンプト(AIに入力する文章)を入力する場合は、特定した利用目的の範囲内かを十分に確認すること、そして入力したデータが応答結果の出力以外の目的で取り扱われる場合には法に違反する可能性があることを示しています。
詳しくはこちらの記事に整理しました。
事務所として決めておくこと
個人の判断に任せると、必ずばらつきます。所長が使っていないから誰も使わない、という事務所もありますが、実際には若い職員が個人のアカウントで使っています。
最低限、次の3つを事務所として決めてください。
- 使ってよいサービスを指定する(契約プランでないものは禁止)
- 顧問先名・個人名・具体的な金額は入力しない、を明文化する
- 入れてしまったときの報告先を決め、報告しても咎めないと明言する
3番が抜けると報告が上がりません。士業事務所は人数が少ないぶん、言い出しにくさが一般企業より強い。先に明言しておかないと、黙って抱えられます。
顧問先に聞かれる日が来る
もうひとつ。顧問先の側が生成AIの利用ルールを整備し始めると、委託先である事務所にも確認が来ます。「先生のところでは、うちのデータをAIに入れていませんよね」と。
そのとき「入れていません」と答えるだけでなく、事務所の方針として文書があると強い。信頼の話なので、ここは効きます。
個人的には、これは守りではなく営業材料になると思っています。きちんと整備している事務所はまだ少ないので。